2016年6月日中社会学会にて発表

    異文化経営の再考:企業エスノグラフィー研究からの示唆

企業が国境を超えて活動し、人材の流動が加速する環境において、異文化の「場」における人材管理は大きな課題となっている。既存の異文化経営研究では、このような課題に対応できる「one best way」と呼ばれる普遍的な解決策が追求されてきた。Geert Hofstedeを代表とする文化的次元理論は、異文化経営の研究において、主流な理論的枠組とされているが、彼らの理論は、多様な文化を単純化された基準で区分している。このような理論的枠組みは、企業の発展経緯や従業員の考えなどといったローカルのコンテクストを過小評価している。本報告の目的は、企業エスノグラフィー研究を通じて、このようなコンテクストに注目し、既存の異文化経営の研究を再考することである。本報告で注目する企業エスノグラフィーとは、長期間にわたって人々の生活と行動を詳細に記述し、深く観察することで、企業組織における文化を考察する研究を指す。

本報告は、報告者が参与観察を行った中国(上海・北京)・香港で事業展開をする日系アパレル小売業A社のデータに準ずる。各地数店舗調査し、経営プラクティスの事例として、店舗づくりの標準化を分析した。A社は、アジア最大規模のアパレル小売業者であり、積極的にグローバル展開を行っている。その中で、A社は「真なる」グローバル企業を目指し、店舗づくりの標準化という企業ブランドのイメージ構築を主なグローバル戦略の一つとしてきた。報告者がA社による店舗づくりに関する企業方針を分析した結果、同社がマニュアルやシステムを通じて、従業員に対し、衣類の畳み方、ハンガーの掛け方などといった、「表面的」かつ「形式的」なパフォーマンスを重要視していることが分かった。このような方針は、従業員の考えや内面性を変えることに比重を置いておらず、従業員による操作性が否めないが、ある程度標準化の達成を促進することが可能であった。

香港と上海・北京における従業員のパフォーマンスを比較した結果、後者がより企業の目標に近づくことを目指していることが分かった。その背景には、第一に、中国において、企業システムの実施強化や内部視察などを通じた、本社からの期待・プレッシャーが比較的大きいことがあげられる。一方、香港は、進出当時から良好な業績を継続しており、マーケットが飽和状態にあるため、その傾向が比較的強くなかった。次に、上海・北京では、顧客の出入りが比較的少ない店が多くあるため、研修などを通じて、従業員の間でより標準的な指標が共有されやすい環境にあった。香港では、店舗の立地や発達した交通網により、顧客の出入りが多く、研修に費やす時間が比較的少なかった。第三に、上海・北京では、どの従業員にも対応できるように、迅速にシステムの標準化を推進する必要性があった。中国では広範囲に人材が移動し、時期によっては、深刻な人材の欠如が発生していたことから、香港と比べ、人材の育成・確保に費やす時間を減らす必要があった。最後に、中国における多くの新人店長は、企業が求めるパフォーマンスに出来る限り近づけようという心意気が見受けられた。彼らの多くは、スキルの蓄積が少なく、自らのキャリアを考慮したうえでこのような行動に出ていた。一方、香港では知識が蓄積されていることが多く、このようなケースは、比較的少なかった。

このように、企業の異文化経営を理解する際、企業方針の性質、海外市場における独自な事情による従業員の多様な考えなどといった独自性を考慮に入れることで、文化以外の面で、異文化経営が直面する問題の核心を追求することを可能とすると示唆している。

参考文献

Hofstede, Geert, Gert Jan Hofstede, and Michael Minkov. Cultures and organizations: Software of the mind. Vol. 2. London: McGraw-Hill, 1991.