若手(B)科研費(2016~2019)

研究課題

国民文化と異文化経営の関連性:日本における中国企業を事例に

研究概要

本研究の目的は、人類学的手法に基づいて、企業の国民文化と①異文化経営(特にブランディング戦略と人的資源管理)との関連性;②現地文化との相互作用を解明することである。本研究は、国民文化を企業の「原産国(Country-of-origin)」文化と定義し、日本における中国企業を事例とする。先行研究では、国民文化による異文化経営への影響が指摘されてきたが、国民文化がどのように企業を通じて、異文化と相互作用しているのかについてはあまり明確にされていない。申請者の研究では、異文化の市場において、国民文化がブランド戦略と人的資源管理の面で全く異なる影響をもたらすということを明らかにした。本研究の成果は、多様化する国民文化と異文化経営の関連性、そして、現代中国文化と経営の関連性解明への貢献が期待されている。

2017年度結果報告
2016年度結果報告

以下、2018年度結果報告:

1.研究開始当初の背景

市場のグローバル化により、適切な異文化経営は、企業の最大な課題の一つとなっている。多国籍企業が増え、システムの標準化や合理化が推し進められる中で、企業の「原産国(country-of-origin)」イメージといった文化的要因は異文化経営に影響しているのだろうか。このような問題提起に関する研究は、多くの場合、商品に対する消費の態度に多く見られ、企業内の実態を解明した研究は数が限られている。今後、より多くの企業が海外進出や異文化背景を持つ従業員をマネジメントするという課題に直面する上で、自社の「原産国」文化、言い換えれば、その国民文化がどのように現地従業員に解釈されているのか、実態を明らかにすることで、より総体的に企業の異文化経営を捉える必要があるだろう。

2.研究の目的

本研究の目的は、人類学的手法に基づいて、企業の国民文化と①異文化経営(特にブランディング戦略と人的資源管理)との関連性;②現地文化との相互作用を解明することである。本研究は、国民文化を企業の「原産国(Country-of-origin)」文化と定義し、日本における中国企業を事例とする。先行研究では、国民文化による異文化経営への影響が指摘されてきたが、国民文化がどのように企業を通じて、異文化と相互作用しているのかについてはあまり明確にされていない。申請者の研究では、異文化の市場において、国民文化がブランド戦略と人的資源管理の面で全く異なる影響をもたらすということを明らかにした。本研究の成果は、多様化する国民文化と異文化経営の関連性、そして、現代中国文化と経営の関連性解明への貢献が期待される。

3.研究の方法

本研究は、三つの段階を経て研究課題を解明し、毎年度三つの部分から構成されている:①資料の収集・整理;②現地調査;③成果の発表。本研究のデータ収集手法は、参与観察、インタビューを含む現地調査を主とする。現地調査地は、日本名古屋市を予定しており、当該地域にて事業展開を行っている中国小売業3社を想定している。企業選定の基準としては、①中国人の経営者(第一世代移民);②中国人従業員と日本人従業員数が半々;③中小企業、ということである。

第一の段階では(初年度)、国民文化とブランディングの関連性を明らかにする。資料収集・整理に関しては、主に国民文化、ブランディング、人的資源管理を中心とした二次資料収集・整理を行う。現地調査としては、夏・春の休暇を利用し、企業における観察やインタビューを通じて、企業の全体像やブランディングに焦点をあてる。成果発表としては、学会やワークショップでの発表を行う。

第二の段階では(二年目)、国民文化と人的資源管理の関連性を明らかにする。資料整理としては、第一の段階で不足していると感じている資料を収集し、整理する。特に、フィールドノートといった一次資料の整理が必要となる。現地調査に関しては、同様の企業でのインタビューを行うが、内容は、国民文化と人的資源管理に焦点を絞る。学会での発表や英文論文の出版を予定している。

最終段階では(三年目)、データの最終整理を行い、国民文化とブランディング、人的資源管理との関連性を明らかにする。主に、フィールドノートの最終的な整理を行い、長期休暇では、不足していると思われるインタビューデータを見つけ、必要に応じて最終的なインタビューを行う。成果発表としては、国際会議での発表や英文論文の出版を行う。

4.研究成果

(1)当初予定していた研究課題に対する本研究の成果は、以下の2点である:

①国民文化による異文化経営への影響

【人的資源管理】

まず、多くの在日中国系企業では、中国人従業員の平均年齢が低く、新卒が多かった。その多くが日本語学校や大学を卒業している。その一方で日本人従業員の平均年齢は高かった。その背景には、転職組が多いということがあげられる。転職の理由は多々あるが、中には、中国系の企業を転職しているケースもあった。また、当初日本の企業であったが、合弁等によって中国資本となり、結果的に中国系企業という環境で働くことになったケースもあった。その他、共通して言える特徴としては、中国人幹部が中国人と日本人に対して態度を変えていることが多いことや、営業職は、日本人をメインに活用していることがあげられる。また、多くの在日中国系企業では、多国籍企業の日本法人を除いて、新卒の採用を余り積極的に行っていなかった。主な理由としては、企業の規模が小さくあまり認知されていないということや、日本における中国系企業はあまり人気がないと感じていることにあった。

【ブランディング】

インタビューや観察を通じて、これらの在日中国企業において、目立ったブランディング関連の活動や戦略は見られなかった。その背景には、人的資源管理が中国人のネットワークを使って行われているということ(リクルートの広告をあまり出していない企業もあった)、商売は、既存のビジネスネットワーク内で行われていることが多いということが背景としてあげられる。

②国民文化と現地文化との相互作用

インタビューした在日中国系企業に勤務する一部の日本人従業員は、中国系企業に入社する当初、原産国(中国)文化への否定的な感情を持っていたケースが少なからずあった。その背景には、近年低下する日本における対中感情や一部のメディアによる否定的な報道に影響されているというケースが有った。このように、「原産国イメージ」は、消費購買行動だけではなく、従業員の考や行動、その周りの人たちのマインドセットにも影響することがわかった。

それら日本人の中には、日々周りの中国人従業員や経営者と接することで、彼らの慣習や文化的ロジックを理解していき、「民族」で判断するのではなく、一個人として接しているケースも有ることがわかった。例えば、とある日本人女性従業員は、最初中国人の同僚が臭いのする昼食を職場で食べるという行為に対して、反感を持っていたが、だんだんそれに慣れていったという。その中で、自分も臭いのしてしまうような食事をすることもある、と話していた。このような中国人従業員の行為は、中国では不思議ではないが、日本という環境の中では、異なる解釈や受け止め方があることがわかった。

このように、数少ない日本人従業員が在日中国系企業に入社や転職した当初、企業外部(日本社会)からの「偏見」を意識しているということが分かった。それは、日本国内での「中国」に対するイメージが否定的であるという傾向と関連することがわかった。その一方で、企業内部では、日本人側が中国人の「慣習」に適応しようとしている現象も多々見られた。中には、現代日本における中国への複雑な感情による「中国企業」というラベルへの信頼感が低下している環境が逆風だと感じているケースもあった。つまり、企業内部と外部では異なる作用が発生していることが分かった。

(2)当初予定していなかった発見は、以下の通りである:

①企業文化による異文化経営への影響

従業員による「原産国」文化は、入社当初影響が比較的大きいが、入社後、より影響されるのは企業の風土であった。例えば、企業によっては評価が曖昧であるということも有り、このような不透明さが従業員の不信感を煽っているケースもあった。また、給与体制や昇進に関しては、日本よりは早いが、中国人出ない限り、トップに昇進できない、と感じている日本人従業員もいた。このように、評価制度や給与体制といった様々なより「実質的」な要因がより大きく従業員の考えに影響していることもあった。

②中国人経営陣の複雑な「中国人意識」

これまで他国の技術や知識を積極的に取り入れ、時には模倣するという事も多々ある中国の商業界であるが、日本という国に長期滞在する経営者の考えは、より一層、中国の善と悪について批判的な態度を取り、愛国心と嫌悪感両面が共存しているケースが多くあった。

企業内では、日本人(多くは転職組)が培った「時間厳守」、「忠誠心」、「真面目さ」といった点が中国人(新卒)に守られていないことから、日本人により「信頼感」を抱いていることがわかった。その一方、中国人への「不信任感」もあったことから、中国人経営者の中には、中国と日本に関する帰属感やアイデンティティ上の葛藤があるのではないかと結論づけた。

③原産国イメージの再定義

本研究における原産国イメージは、中国のイメージを指すが、一概に中国文化というのは過度な単純化であるだろう。中国本土にはそれぞれ異なる文化があり、経営者の考えや今後の方向性も異なるということ以外に、各企業の特徴やその企業がどのように現地の文化と相互作用しているのか、包括的に考察し、分析した上で、原産国イメージを再定義する必要があるだろう。

④在日中国系企業の多様化

在日中国系企業と一概に言っても、経営者や管理職の形態が異なることがわかった。本研究の調査によると、3部類あることがわかった。まず、華僑による事業である。これらの経営者は、既に日本に移民して長く、中国本土に限らず、台湾やその他所謂華僑地域から日本に移民した人々である。彼らの多くは、日本に馴染んでいることが多く、中国語を話せないケースもあった。次に、中国から来日し起業した人々である。彼らの中には、大学への進学を求めて日本に来た者もいれば、中国で数年仕事をしてから日本での就職を求めて来日したケースも有る。彼らの多くは、中国の現状を嘆いていることが多く(例えば、「関係」がないと何もできない)、日本に来たことで新しい事業や人生の価値を追求している事が多い。最後に、日本法人に雇われている管理職である。彼らの多くは、日本に駐在するという形で住んでおり、多くの場合あまり日本に対してのロイヤリティや長期プランがないことが多い。

企業の経営者や管理職の相違以外に、企業形態によって制度等が異なることもわかった。例えば、家族経営では、システムが確立されておらず、家族によって運営されていることが多い。家族運営のため、中国人の家系で運営することが多いため、日本人従業員の中には、昇進に対しての不満があることがあった。次に、中小企業では、経営者の経営方針によって制度が異なっていた。例えば、これ以上に規模を大きくしたくない企業では、既存のロイヤリティの高い従業員をキープすることのほうが新規に新卒を採用するということより重要視していた。最後に、多国籍企業経営があげられる。これは、中国企業の日本法人といった場合が多く、システムが比較的標準化されており、駐在員も定期的に中国からの入れ替わりがある。

上記のように、在日中国系企業において多様性が豊富であるということが言えるだろう。